ラベル 政治 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 政治 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年1月18日金曜日

今こそアーレントを読み直す(2009)

仲正昌樹:1963年生。政治思想史を専門とする学者。金沢大学教授。


要約

アーレントは自身のユダヤ系の出自、ナチスによって亡命を余儀なくされた過去などから、ホロコーストに関心をもち、全体主義をその思想を始めるにあたっての出発点とした。アーレントにとって、全体主義とは、未成熟な国家の陥りがちな罠では決してなく、吾々(西洋自由民主主義国家)にも起こる可能性がある、という性質のものだ。彼女がはじめに注目されるきっかけとなった「全体主義の起源」は、その題のとおり、全体主義の歴史的起源を19世紀まで遡って考察している。

アーレントによると、近代的な国民国家は「反ユダヤ主義」「帝国主義」「全体主義」という系譜を辿るという。国民国家は、フランス革命と、その後のナポレオン戦争への対抗の必要から、それぞれの「民族」が結束して誕生したといってもよい。国民として統合するためには、「敵」を設定するのがもっとも簡便な方法である。ナポレオンによって転がり始めた「国民国家」という理念は、その後、自らが転がり続けるためにユダヤ人を「敵」「異質なもの」として選び、迫害しはじめる(ブログ主補)。次に、宗主国のみを利する「帝国主義」は、植民地において自分たちと異なった文化をもつ人間を目撃し、より同一性を高めることを促す。この「同一性」の原理は、「国民国家」の衰退にともなう危機意識を巻き込んで、全体主義へと発展していく。資本主義によって、国民国家の発展に積極的に寄与しようとする意識を失った国民=大衆は、階級意識や政治的な帰属意識を失う。それを動員するために、政党はわかりやすい「世界観」を掲げることになる。

「イェルサレムのアイヒマン」でも、アーレントは同様な主張を繰り返す。ユダヤ人抹殺計画の中核を担ったアイヒマンは、潜伏していたアルゼンチンから拉致され、イェルサレムで裁判にかけられる。アーレントはこの裁判を傍聴・取材し、ホロコーストの原因を探る。多くの人の予想と違い、アイヒマンは悪人ではなかった。決められた仕事をきっちりとこなす、あまりにも普通の役人だったのだ。アーレントが気づいたのは、西洋哲学がその正義の前提としていた「自由意思をもち、自律的に生きており、自らの理性で善を志向する主体」が現実にそぐわないということだった。普遍的な「正義」はアイヒマンの事例では自己矛盾に陥る。ではそもそも「人間本性」とは何なのか。

「人間の条件」において、アーレントは西洋における「人間」の捉え方の歴史を考察する。西洋における「人間性」は、古代ギリシアにその起源をもつ。自由人としてポリスの政治に関与する人間像が、その根本にあった。それが変化したのは18世紀のことで、「人間性」は生まれたまま・自然の状態のことを示し、それを賛美する方向へと向かう。但し、変化したとはいえ、理性的・自律的な人間像は引き継がれている。

古代の人間観をもとに、アーレントは三つの人間の条件を提示する。それは、労働・仕事・活動である。「労働」は、生命活動に必要な営み、「仕事」は人工的(対自然)世界を構築する営みである。マルクスが「本来の」人間性とする「労働」はアーレント的労働・仕事をあわせたものといえる。一方アーレントは「活動」に重きを置く。「活動」とは、人間の集まりにおいて、「複数性」を前提とした論議のことである。「複数性plurality」は、「全体」に対する「多元plurality」であり、官僚的な「一」系統の命令に対する「複数plurality」のことだ。

複数性を前提とした「活動」は、「公的」な空間で行われる。この「公的」は、ポリス的な政治が念頭にある。すなわち、かなりの資産と奴隷をもった、「自由」な、物質的な利害のしがらみを超えた個人が、「ポリスの共通善を真剣に考える」という公の仮面をかぶって演技(act)する場である。

その中で、アーレントは「活動的な生vita activa」を要請するのだ。そういった意味でアーレントは共和主義者だといっていい。アーレントにとって、「自由な空間」における「活動」は善だが、彼女はすべての自由を肯定するわけではない。マルクス主義をはじめとする、「〜からの解放」を唱うものは、複数性を確保しないので、悪である。アーレントにとって「自由」は「活動」「複数性」と不可分の関係にあるのだ。


この本について

戦後における最重要政治哲学者のひとり、ハンナ・アーレントの入門書。最近あまり一般書を読んでいないので、多少専門的になるかもしれないが、一冊要約を書いた。要約では適宜補ったが、論理的な展開が不鮮明な部分が多かった。これは筆者の繰り返しいうように、アーレントやその他の思想家を簡略的に解説している、という理由から、仕方がなかったのかもしれない。用語の揺らぎは許してください。

アーレントは幾冊か手にとったことがあるが、歴史的な文脈・思想史の考察にかなりの分量を割いているので分厚いし、彼女の問題意識を認識していないと、すぐに何をいっているのかわからなくなるので、やめてしまった。そこで入門書を読んでみた。「今こそ」という感じが2009年に本当にあったのか、それは少し疑問である。だが、いまこそ「今こそ」である。次は「革命について」でも読むか。


2013年1月2日水曜日

官僚制批判の論理と心理(長めの要約)

より簡易なまとめ及びコメントはこちら

ロマン主義と官僚制

新自由主義の「小さな政府」論が、実際は官僚制批判に立脚していることからして、近年の新自由主義批判すなわち社会的連帯や平等に関する考察は、的外れであるように思える。そこで注目すべきはもちろん官僚制であって、これを研究せねばならない。

「官僚制」すなわちbureaucracyという言葉の成立は、他の「〜クラシー」と比べて時期が遅れる。官僚制は常備軍とともに、絶対王政下において出現したのだ。官僚制の成立前提として、その組織の継続可能性が高いことがあげられる。なぜなら、ヒエラルキーの末端に甘んずるには、今後上昇する蓋然性が必要だからだ*1。つまり、官僚制が親和的なのは、人々の自由が制限され、秩序の永続性がある程度保障されたリヴァイアサン的国家*2なのである。

官僚制的な機構は、その言葉の成立以前から存在した。それが「オリエント」のもの*3として西洋世界では蔑まれてきたのが、官僚制の積極的な取り上げられ方を妨げていたのかもしれない。西洋世界においては、オイコス(家庭秩序=経済)とポリス(政治秩序)の二元論が古くから存在し、命令を遂行するのみの官僚機構は明らかにオイコス的なものであるから、人文科学では取り扱われなかった。官僚制の起源として、家父長的な社会・家産官僚制があり、その非合理性というのは確実に受け継がれている。家産官僚制と近代官僚制は相対的な違いなのである。

官僚制はそれに対する批判とともに出現したが、18世紀終わりから、これにロマン主義的な批判が合流した。ロマン主義とは、啓蒙思想への対抗だった。功利的な目的のため*4に統制されることへの反発。強力な軍隊や官僚機構をもつプロイセン国家への反発。反官僚の情念である。日本における90年代の不祥事から噴出する批判も、この情念に後押しされた。官僚制批判は、官僚制に内在するものなのだ。よって、むしろそれ迄なぜ批判が抑えられてきたかが問題となる。

デモクラシーと官僚制

ウェーバー*5が官僚制研究の嚆矢である、とよくいわれるが、ヘーゲルの法哲学においてすでに多くの指摘がなされている。ミヘルズという人物が、組織の肥大化と寡頭支配・官僚制をリンクさせ、これをデモクラシーと対置して批判した。ウェーバーはここから、この二項対立を図式化し、官僚支配によるパターナリスティックな性質による人民の政治的未成熟*6を回避するため、政治主導としてデモクラシーを支えることの意味を強調する。

トクヴィルによると、不平等を前提とする社会で格差は問題にならない。しかし、民主化が進むにつれ、格差への憎悪は強まり、それを是正するために政治が肥大化する。デモクラシーは官僚制を呼び寄せて、それと対立し、それを批判するのである。

J.S.ミルは功利主義に質的観点を導入した*7。そして、「個性の尊重」を大衆の同質化圧力に対して強調したのである。「自由論」において、彼は官僚制が

決まりきった仕事をだらだらと続けていくか…<中略>…組織の指導者の誰かが粗雑な議論にほれこんで、まともに検討もしないまま飛びつくか (本書p.52より。原典は山岡洋一訳「自由論」J.S.ミル p.247)

という性質をもつ傾向があることを指摘している。そして、自由と行政は対立するが、行政なしでは自由が存在し得ない、というジンメルの「生と形式」と似た構造の議論を展開する。

正当性の危機から新自由主義へ

宗教的な内乱を鎮めるためには暴力が必要で、近代国家はその唯一の担い手として勃興した。しかし、ホッブス的な状況*8でなく、権力によって治安が確保された場合においては、その「暴力」は正当性を疑われることになる。

ウェーバーの有名な分類による正当性の三つの理念型:伝統的支配、カリスマ的支配、合法的支配*9の中では、現在、合法的支配が一般的になっている。その正当性は、形式主義=官僚制が含む中立性原則への確信に基づく。しかし、官僚制に中立を見出すのが困難なのは、現代日本の官僚制を参照すれば火をみるよりも明らかであり、ウェーバー自身が幾度も言及している形式合理性と実質合理性の対立(すなわち後者が繰り返し復活してきたこと)の観点*10からして、「官僚の正当性」には疑義を差し挟む余地がある。

ハーバーマスは「公正な交換」を前提とする自由主義的資本主義と対比して、国家が市場へ介入することを許す「組織された資本主義(以下、後期資本主義)」に注目した。自由主義的資本主義においては、国家は市場に余計なことをしない限りは、正当性を問われることはない。一方、後期資本主義においては、官僚制が市場に介入することで、資本主義は「政治化」する。ここに二つの危機が生まれる。ひとつは「合理性の危機」すなわち経済システムからの要請に対して官僚制が一貫した態度を貫けなくなるという危機。「予測可能性」や「計算可能性」によって中立性を維持してきた官僚制が、経済の政治化によって恣意化するのである。もうひとつは「正当化の危機」すなわち後期資本主義で経済活動に伴う諸問題の責任をおしつけられることになった官僚制は、介入の消極性または逆に積極性によって非難され、大衆の忠誠を失うのである。

この危機を避けるには、2つ方法があり、ひとつは自律的な「システム」の領域を確保すること。そして経済成長というパフォーマンスを持続的に発揮すること。前者はドイツにおけるテクノクラート批判につながり、後者は高度経済成長とあいまって日本で官僚礼賛が行われたことに通ずる。

バブル崩壊によって正当性の危機が露見し、日本の官僚は一気に批判の対象となり、テクノクラートのイデオロギー、官僚による政治のとりこみなどが非難される。パフォーマンスの低下は、「上からの近代化」というイデオロギーの喪失によることも確かだろう。

新自由主義はもともとサッチャー・レーガン時代からのイデオロギーである。日本において本格的に導入されたのは橋本龍太郎以降であり、これは小さな政府を標榜する新自由主義と上のハーバーマスの議論が重なる部分があったからである。小泉純一郎によって「ぶっこわ」された自民党以降、より多くのデモクラシーを求める声と、小さな政府を唱える声はともに官僚制批判へと向かう

この流れは新自由主義に有利な形で進む。しかし、官僚制の正当性を疑い、より多くのデモクラシーを求めることは正しいとしても、専門家や官僚の有していた正当性を誰が負うのか、という問題からは逃れられない。様々な意見は噴出するものの、決定ができなくなるのである。すると、政治から決定権をとりあげるというまたしても新自由主義に有利な方向に論が進むことになる。

「鉄の檻」以降のカリスマ

ウェーバーにおいては、脱魔術化*11 は貫徹されず、再魔術化がつきまとう。これはいいかえると啓蒙とロマン主義との対立である。恣意的なもの・非合理的なものを社会から取り除くということは、ひょっとすると自由を失うことなのではないか?

官僚制の「鉄の檻」が強まるにつれ、これに対抗し、非合理に振る舞うカリスマが待望される。日本において官僚制が封建的割拠の性質をもつということは繰り返し批判されてきた。そうした中で、責任を担う中心が欠如しているという認識は古くから存在してきた。

バウマンはこれらの議論の前提とされてきた「鉄の檻」がグローバル化のなかで既に消滅しており、かわりに「リキッド・モダニティ」の時代になったと論ずる。こうした状況で一連の新自由主義的な政策が導入されていく。しかし、これはフーコーにいわせると権力性が弱くなったのではなく、新たな「統治性」なのである。あたらしい社会理論と、カリスマを待望する一般的な認識は大きく食い違っている。

ふつう官僚制化は否定的な論調で語られるが、それが政治的な決定の幅を狭めるのに貢献している面があるのは否定できない。脱官僚は政治が新たな決断と説明責任を担うことを意味するのだ。決定できないと「正当性の危機」が顕在化する。

一貫性の乏しい様々な公行政について説明責任を負うよりも、それらを全廃する形で戦うことは一貫的に可能である。よって、強いリーダーシップを求める政治家は新自由主義へ引き寄せられる。しかし、そもそも政治家は信念・一貫性をもつべきなのだろうか?

トクヴィルの場合、ウェーバーのカリスマ対官僚制にあたるのは、中央集権対アソシエーションである。社会関係資本といっても差し支えない。

読み直されるウェーバーの官僚制論

新自由主義が官僚制批判を絡めとっている、という議論を行ったが、グローバル化の圧力が新自由主義を推し進めているという面も、もちろんある。しかし、グローバル化を不可避の一枚岩の流れとして描くのは如何なものか。

たとえばウェーバーは近代化、合理化を必然として書くことを躊躇した。そこで、合理化を分解し、複数の諸合理性として議論したのである。そうすることで近代化が内部に孕む亀裂に目を向けるのである。こうして普遍的とみられるものを相対化する。


*1 ヒエラルキー
官僚制の典型として、軍隊のようなトップダウンの組織を思い描いてほしい。「官僚制」と「官僚」は、ひとまず別モノと考えよう。いつまでも二等兵でいたいと思う者は(恐らく?)いないだろう。上の階級へ昇級する可能性があるから踏ん張るのである。
*2 リヴァイアサン的国家
もちろんホッブズへの言及である。
*3 オリエント
古代エジプト王朝や、ペルシア帝国などをイメージするとわかりやすい。
*4 功利主義
ベンサムが、「何をもって正義と為すか」の原則を求めた上で辿り着いた結論である。ひとことでいえば「最大多数の最大幸福」を目標とする。
*5 マックス・ヴェーバー
エミール・デュルケムと並んで、社会科学の創設者的存在。もともとは経済史学者であったが、その研究の領域を多方面に広げていった。
*6 未成熟な国民
官僚が「未成熟な国民」を前提として、パターナリスティックな政治・行政を進めると、国民は一層未成熟になってしまう。この悪循環を政治主導によって断ち切る必要をウェーバーは説いた。
*7 J.S.ミルの功利主義
ベンサムの功利主義理論は、非常に簡素なものであり、定量的な要因を主な考慮対象としていた。ミルはこれに定性的な要因を加味した。
*8 ホッブズ的な状況
ホッブズは「人は人に対して狼である(Homo homini lupus est)」というように、ともすれば互いに襲い合うような人間本質を前提としていた。
*9 伝統的支配・カリスマ的支配・合法的支配
「伝統的支配」は嘗て一般的であった血統による王朝の支配、「カリスマ的支配」はカストロ、ナポレオンやヒトラー、「合法的支配」は民主的な手続きを重要視する現在の日本を、イメージするとよい。
*10 実質合理性・形式合理性
「ある特定の価値観点を設定し,その達成の度合をさすのが実質合理性概念であるのに対し,特定の価値や内容とは全く無関係に行為や思考の経過が技術的に正確に計算される程度を意味するのが形式合理性である。」(有斐閣「新社会学事典」)ウェーバーは歴史過程として、実質合理性→形式合理性という流れを議論することがある。「悪法も法」とするのが形式合理性で、法以外の実質的価値にどれだけ資するかを眼目にして法律を運用するのが実質合理性である。
*11 脱魔術化
非合理、宗教的なものが淘汰されていく過程。近代化は基本的に脱魔術化の流れであると考えることができる。


3/1/2013改

2012年10月15日月曜日

最終戦争論(1942)

石原莞爾:1889年生、1949年没。大日本帝國軍人。板垣征四郎とともに、関東軍の参謀として、満州事変を首謀するなど活躍。後に失脚。軍事思想家としても知られる。

要約

戦争には二種類あり、それらは持久戦争と決戦戦争である。前者は政治的なやりとりと傭兵、後者は武力戦及び国民皆兵を特徴とする。歴史の循環として、今迄持久戦争と決戦戦争は交互に現れてきた。西洋においては、決戦(古代ギリシア・ローマ)→持久(帝政ローマ中期から末期)→基督教の支配する暗黒時代(中世)→持久(ルネサンス以降)→決戦(仏国革命以降)→持久(第一次大戦)。これらの変化は、兵器の技術的進化や社会の変化が因となっている。では、いま飛ぶ鳥を落とす勢いのナチスドイツは、決戦戦争の時代への突入を意味するかというと、そうではない。

作戦の変化にともなって、戦争をする単位も、大隊、中隊、小隊、分隊さらには個人と小さくなってきている。個人単位の全国民同士が、次の決戦戦争でぶつかりあう。さらに空軍の導入によって戦場は三次元に広がる。その次は無いのである。つまり、次の決戦戦争で戦争は終わり、世界は統一を迎える。いままでのサイクルが1000,300,125年ときているから、その次は数十年後ということが推測できる。

上の予言は日蓮の教えから導くことも可能である。仏教では時代を正法・像法・末法の三つにわけ、それぞれ千年、千年、万年の計一万二千年。正法、像法及び末法のはじめの五百年の、計二千五百年については、大集経という形で釈迦の予言が伝わっている。それが終わった頃、日蓮聖人が現れ、以降の予言をした。「日本を中心として世界に未曽有の大戦争が必ず起る」というのだ。しかし最近、日蓮の予言が全部解釈され終わったところで、教義に疑義が挟まれた。仏滅の年代測定が違っていて、日蓮は実は像法の人だったという。仏滅が二千四百数十年前であるという最近の説にたてば、日蓮のいう未曾有の大戦争は、数十年後に現れ、不思議と上の理論が導いた結果に整合する。


この本について

本書は莞爾が1940年5月に行った講演を筆記したものである。要旨は上に書いた通りで、数十年後の最終戦争と、後の世界統一を予言している。

おもしろい。軍人だけあって、兵器の技術的な側面や、実務の観点から話ができるので、学者が話すとおもしろくなさそうなものでも、飽きずに読める。

おそらく石原莞爾が高く評価されているのは、日米での最終戦争を予言し、空軍の活躍を予想したなど、先見の明があったと認められているからであろう。莞爾を此処まで偉くしたのは歴史の偶然かもしれない。先見の明は、ともすればペテン師になる。参謀・思想家として非常に優秀であったのは事実だろうが、合理主義的実務家である甘粕正彦が「明後日はあるが、明日がない」と評したというのも、首肯ける。

莞爾は理論家だということを聞く。私はそうは思わない。莞爾は思想家であって、理論家ではない。持久戦争・決戦戦争では、原因が異なる変化について、年数でざっくり割っているのを、私は理論だと思わない。日蓮のくだりは、矛盾も甚だしい。ただ、頭がよかったのは確かなようで、自らの「理論」の非合理な部分は、「仏の神通力」などといって意識的にパトスで包み込んでいる。これが思想家たる所以である。




最終戦争論(青空文庫)

2012年9月24日月曜日

The Good Lobbyist's Guide (2003)

Annabel Young: ニュージーランドの政治家。1997年から2002年まで国民党の国会議員。

この本について

全く脈絡も何もないが、おもしろそうなので手にとってみた。(ニュージーランドの)ロビイストのための手引書である。実用書なので要約は省く。

ロビイングの極意とは、一言でいうと、議員との共通の利益を見つけ出し、それを売り込むことだ。選挙区制が1996年に変革されてからロビイングの仕方も変わり、それまでの小選挙区制では大臣相手にするものだったのが、比例代表との併用制になったので議員へのロビイングも有効になった。本書では平議員へのロビイングを中心に解説されている。

ニュージーランドでは酒類業界(または其の反対勢力)がもっとも大きなロビイング集団らしい。小選挙区制では大政党の党議拘束が厳しく、平議員が自らの裁量で投票できるのはドラッグ、性、死刑制度くらいなもので、これらがロビイングの主な領域だった。比例代表を一部導入したことで、連立政府が成立する可能性が高まり、複数与党が互の腹を読み合う機会が増えたため、ロビイングの重要性と有效性が高まったのだ。

本書では議員のことを「無能」呼ばわりしないこと(はじめから喧嘩腰のロビイングは成功しない)、議事堂の部屋を借りて議員と面会するとき、代金は全てロビイスト側につけられること、その他、議員の習性、かれらが何を考えているかなどの記述が続く。

私は国内のロビイング活動についての知識は全くないが、この本を読んでいてなにかしっくりこないことがあった。気づいてみれば、それはニュージーランドの国家としての規模が圧倒的に小さいからなのだ。一院制で議席は120ほど。全人口は400万強(!)。小さな国の、ロビイングというあまり注目を浴びない話題の、本。おもしろかったが、一体誰が読むのだろう。

2012年9月10日月曜日

甘粕正彦ー乱心の曠野(2010)

要約


甘粕正彦は陸軍幼年学校、陸軍士官学校を出て、軍人の道を歩み始めた。しかし、落馬事故が原因となり、歩兵から憲兵に転科せざるを得なかった。憲兵とは治安警察のことである。甘粕が大尉になって、憲兵分隊長を勤めていたときに関東大震災が起こる。

混乱に乗じてアナキストが政府転覆を狙っていると考えた憲兵隊は、大物アナキスト大杉栄を連行し、同行していた内妻伊藤野枝と大杉の甥橘宗一6歳とともに殺害し、古井戸に投げ捨てた。大杉事件である。事件は新聞によって明るみに出、隠しきれなくなった憲兵隊は甘粕を差し出した。甘粕は被疑者として軍法会議にかけられる。甘粕は単独犯行を主張し、裁判は事実関係が有耶無耶のうちに終わる。10年の刑期を言い渡された甘粕は千葉刑務所に収監される。

恩赦や、模範囚としての働きがあり、3年弱で刑務所をでた甘粕は、収監前に婚約を結んでいたミネと婚姻し、夫婦で仏国へ渡る。費用は陸軍からでていたようだ。出所以降、至る所で陸軍が甘粕の手助けをするのは、憲兵が組織ぐるみで行った犯行を全て甘粕一人に被せた口止め料だったのかもしれない。

新婚の仏国滞在は甘粕にとって鬱屈したものであって、結局なにもできずじまいだったようだ。1930年に帰国後、甘粕はすぐに満州に渡る。当時、刑期を経験したものや、社会のはみ出し者は多く新天地を求めて満州へ行った。渡満後数年の甘粕のことはあまりよくわかっていない。そこで甘粕は陸軍絡みのパイプを頼りに、関東軍と伴に謀略工作に従事するようになる。

1931年の満州事変以降、奉天で日本大使館に爆弾を投げ込み、元清朝皇帝愛新覚羅溥儀を連行するなど、満州国の建国に貢献した。民政部警務司長に就任し、その後宮内府諮議となる。大東公司を設立し、苦力(クーリー・中国人労働者)の満州国への入国を管理する傍ら、入国料の徴収から莫大な資金を手にし、政治工作や謀略に役立てていたようだ。満州の昼は関東軍が支配し、夜は甘粕が支配するといわれるほどの実力者になった。1938年には訪欧使節団副団長として欧州を訪問し、ムッソリーニ、ヒトラー、フランコらと対談した。

1939年、満洲映画協会(満映)理事長に就任、関東軍との癒着で赤字体質だった満映を立て直す。甘粕は当時でも大杉殺しで知られており、その極度の合理主義や一見傲慢にみえるその態度などからはじめは警戒されていたが、極度に低かった中国人の賃金を底上げし、プロパガンダ映画の否定、思想の左右を問わず役立つ人材を登用する姿勢などから、次第に支持を獲得していった。満映の従業員は多く東映の設立に関わり、戦後日本映画の基礎をつくった。

熱狂的な天皇信奉者であった甘粕は、戦争に負けたら自死すると決めていた。玉音放送の後に甘粕は全従業員を集め、自刎の志を述べ、従業員のこれまでの働きを労い、形見の品々を一人ひとりに手渡した。甘粕は自殺に向けて、満州興業銀行の総裁に電話し、渋る総裁を恫喝して従業員の退職金の引き出しと、満映の当分の運転資金の融資を約束させた。

満映社員は理事長が自殺しないように寝ずに見張り、身の回りから刀やピストルを奪うなどしていたのだが、甘粕は遺言状とともに満州興業銀行の総裁宛に「二百万円貸して下さい。貸さないと死んでから化けて出ます」と書き残し、隠し持っていた青酸カリを服毒して死んだ。



この本について


甘粕大尉の伝記。伝記は往々にしてフィクション的な要素が強く、歴史的な叙述は退屈になってしまう。著者はそのバランスを考えて、できるだけ甘粕の人間性や味わい深いエピソードなどを細かく叙述しつつも、資料や証言に基づいた事実だけを伝えるように努めている。手法としておもしろいし、最後まで全く飽きずにぐいぐい引きこまれながら読めた。著者が自ら行った数多くのインタビューから、人間としての甘粕がいきいきと伝わってくる。

上のように年表形式でまとめてしまうと、甘粕は結局なにをやった人で、なぜ一冊の本にとりあげられるものかわからない。私は映画「ラスト・エンペラー」をみて、満州国の舞踏会でひとり無表情で参加者に撮影機を向ける甘粕という人物に興味をもったから、この本を手にとった。あの映画で坂本龍一が演じる甘粕は、満州国の陰の実力者であり、狂信的天皇崇拝者、感情をもたない冷徹な合理主義者として描かれている。

甘粕は、大杉事件の首謀者、満州国の謀略家、満映の理事長と三つの顔をもっている。大杉事件については、自ら手を下したわけではないらしい。少なくとも子どもはやってないようだ。謀略家としては、石原莞爾、板垣征四郎などと交流し、関東軍ができなかった汚い仕事を引き受けていたらしい。満映については、甘粕は戦後の日本映画界に少なくない影響をもたらしたといえるかもしれない。

甘粕正彦は満州の可能性を愚直に信じ、その発展に寄与しようとした人物であった。私はこれを機に太平洋戦争や満州のことを調べていて、満州とはなんだったのかなあ、と考えている。


2012年5月26日土曜日

官僚制批判の論理と心理(2011)

野口雅弘:1969年生まれの政治学者。早稲田大学で学士、修士を取得した後、ボン大学哲学部にてPh.D。現在は立命館大学で教鞭をとられている。専門は政治思想史。


要約の要約

著者の意図を損ねないよう、極力詳しく要約をつくったので長くなってしまった。それくらいカッツリした議論を端々まで行き渡らせている良書である。自分で書いた要約を今一度読み返してみたが、やっぱり長い笑。なので、要約は別にページをつくって、ここでは要約の要約を記す。

さあ、ではこれは何を書いた本なのか?

本書の主題は、いわずもがなではあるが「なぜ人々は官僚制を批判するのか」である。しかし、もうひとつ重要な議論として、新自由主義批判が散見されるのも見逃せない。新自由主義が官僚制批判を利用している、または新自由主義が官僚制批判に姿をかえている、という批判である。

官僚制批判は、「官僚制」という語の誕生とともに生まれたといっていい。「官僚制」というのは、カラフルで、画一性・合理性を嫌うロマン主義の潮流のなかで発見されたのだ。功利的な目的のために統制されることへの反発が、日本における90年代以降の反官僚の風潮の根底にはある。

官僚制はデモクラシーの敵である。より多くのデモクラシーを求めるならば、決定権を人民から奪取する官僚制は批判されるべきでなのだ。パターナリスティックな性質をもつ官僚制は、人々の政治的未成熟を引き起こす。しかし、ここで注意しなければいけないのは、デモクラシーは官僚制を必要とする、ということである。肥大化した組織は、寡頭支配・官僚制がなければ決定できないのである。

いま、自由主義的資本主義は終焉し、政府の経済への介入が大前提とされている。この「組織された資本主義」においては、政府は市場に介入することだけでなく、しないことへの非難もうけることになる。それまで中立性を売りにしてきた官僚制は、とたんに恣意化・政治化するのである。大衆の忠誠は失われ、「正当性の危機」が訪れる。

これを回避するには、経済成長による隠蔽か、官僚制を高度に専門化し、「こうだから当然こうである」という領域を広げることである。90年代まで日本で官僚制批判が起こらなかったことの一因としては、日本が高度経済成長を経験しており、これに官僚が大きく貢献しているという認識があったからだろう。

新自由主義はこの官僚制批判を絡めとる。「組織された資本主義」における政府の正当性批判は、ではいっそ政治は市場へ介入しなければいいという、小さな政府論へと向かうのである。

官僚制が「鉄の檻」である、という官僚制成立当初からの批判は、非合理に振る舞うカリスマを待望することにつながる。これは何も新しい議論ではない。セクショナリズムにともなって、責任を負うべき中心が欠けている、という日本政治批判は辻清明の記述に既にみられる。

鉄の檻のメタファーは既に通用せず、時代はフレキシビリティ、そして「リキッド・モダニティ」(バウマン)である。カリスマ待望論は現実を的確に認識できていない、すこしずれた議論なのだ。


この本について

昨今の官僚制批判を、よく聞かれる官僚擁護の立場からではなく、政治思想という道具を使って分析する。それだけでは、おそらく著者が最終章にテーゼとしてまとめた数ページで終わってしまうかもしれないが、本書は「政治思想入門」としての資格も充分に有していると思う。なぜ人々が官僚制を批判するのか、という問いに政治思想の立場から答えるのみではなく、批判思想の淵源やその周辺、ウェーバー再考を中心とした、他の問いを考えるためのヒントを鮮やかに織り交ぜている。久々に出会ったぷりっぷりの良書である。なお、政治思想のみではなく、官僚制という主題から行政学他の政治学に大きく係わる分析も多い。

裏を返せば、一本道の議論がすっと通っている訳ではないことも確かである。結論らしい結論に出会うことなく終わる章もある。だが、これは読者により広い視点をもって、新たな分野・書物に挑戦してほしいという、著者の願いなのだろう。肯定的に受け止める。

はじめ読み終えたときは、内容の濃さに戸惑いを覚え、なかなか整理がつかなかったが、改めて読み、まとめてみると、やはり非常に濃い。そして、官僚制のみではなく他の政治分野、思想分野へと誘う仕掛けが散りばめられているのである。政治思想・社会学の巨匠に限って引用されているのは、おそらく訳なしではない。デュルケムなどは本論に全く関係ないが、とりあげられている。

政治思想から官僚制をみるというのはおもしろい切り口だし、行政学や政治過程論からの分析とは違った角度から、官僚制「批判」にメスをいれるというのは、昨今の政治状況を把握する上で非常に有益だと感じた。これによって現実の政治を、地に足がついた立場から批判できるのである。ところどころ専門的すぎるきらいはあるが、そこを耐え忍んで、是非一読することをお勧めする。


2012年3月24日土曜日

首長の暴走 あくね問題の政治学(2011)

平井一臣:1958年生。鹿児島大学法文学部教授。九州大学大学院法学研究科単位取得退学。法学博士。専門は日本政治史、地域政治。著書・論文多数。阿久根問題と地方政治を分析した他著書(未読)がある。



前提


2008年から2011年にかけて鹿児島県阿久根市長を務めた竹原信一氏の市政について、多角的に分析する試み。阿久根市は人口二万強の小さな町であり、これが全国に知れ渡るようになったのは竹原氏による破天荒な政治手法による。

ブログ市長竹原信一の市政 (彼のブログ「住民至上主義)」


小泉構造改革が産み出した地方の疲弊が背景にある(地方交付税交付金の大幅削減など)。竹原は二年半市議として、斎藤市政を批判。12年務めた前市長の後任が一本化できないまま、三つ巴の選挙へ。接戦を制し、市長に。選挙期間中にもブログを更新、「改革派」を自認←市役所人件費・市議の削減、市民サービスの拡充を公約。

落としたい議員ネット投票、市職員給与公開問題、一連の騒動にマスコミは好意的であった。市議会事務局職員人事を自ら行うも、これは市議会議長に任免権があり理由を付さない降格人事も違法である。税金を使っている意識を高めるため、各課に総人件費を記した張り紙をするも、これがすべて剥がされる事件が発生。不信任→失職→出直し選挙→僅差で国交省出身の田中勇一に勝利

組合の追放、張り紙事件の犯人は懲戒解雇処分に。解雇された職員は不当解雇を訴えて裁判に訴えるも、地裁命令に市長は従わず。障害者蔑視(?)のブログ記事事件。医療の進歩で淘汰されるべき人間が生き残っていると指摘。課税に関する住民情報の提出を要求→担当者の拒否には自らの人事権を示唆することで対応。

マスコミ5社を議場から退去させるという事件が起こる。議会は混乱し、マスコミを退場させない議会に市長は激昂、欠席、以後議会を招集せず。それから、立て続けの専決処分を行う。ボーナスの半減、花火規制条例など。専決処分の違法性を指摘した上申書(ほぼ全職員が署名)はシュレッダーにかけられる。こうした自体に国でも懸念が表明される。鹿児島県から助言及び勧告されるも、市長はこれを無視。同じ頃、後にリコール運動の中核を担う「阿久根の将来を考える会」が発足する。

副市長に元愛媛県警仙波敏郎が専決処分で選任。任命の適法性は甚だ疑問。副市長の進言を受け入れるという形で議会を再び開催。通常、議会の同意が必要な副市長人事は否決されるも、それによって人事を事実上承認したと市長に看做される(もう全く意味がわからない)。市長派の議員がたてこもる、議会籠城事件が発生。リコール→出直し市長選→リコール運動中心人物の西平氏に僅差で敗れる。

問題点


劇場型政治→しかし感情的な対立より一部マスコミ排除。自分の意図が思った通りに報道されないことへの憤り。ブログへ映像を無断で添付したことへの抗議に腹を立てて取材拒否、など。ブログを旧メディアが取り上げ、宣伝した、という相乗効果があった。ブログの読者が若年層であることに対し竹原氏の支持者は高齢者が中心。

ラベリングの政治、抽象化された政治、感情の政治。そしてなにより、マスコミが団結して抗わなかったこと。風変わりな市長について報じれば視聴率がとれる、という安直な考えだったんじゃないか?

政治の文法が崩壊しつつある。ジェラシーの政治。要するに世の中の不平等感を煽って人気をとる。二元代表制。権力のチェックは地方自治体の首長では限界がある。だから政治主導は控えるべき。

政治家に限ったことではなく、世論の傾向として新自由主義的心性がある。これが浸透して、改革のためならルールを変えても構わないという空気がある。そしてこれが敵を設定してたたく、ジェラシーの政治へと通じる。自治と民主主義、人権との関係が問われるべき。地方議会を機能させることも大事。「他者や異なった意見を尊重し相互に信頼する態度」に留意しなければならない。地域メディアの重要性。使命感もって、ちゃんと取材に来い、と。



この本について


「何が起こったのか」と「何が問題なのか」と大きく二部にわかれており、前半では主に時系列順で竹原氏の市政を追い、後半ではその地方自治としての問題点を、限られた出典をはさみつつ分析する。ですます調で、非常に読みやすい。前半部は、(おそらく)新聞記事などを元にした、事件、市政の経緯などを記述的に紹介している。阿久根問題入門としてちょうど好い。

現代政治についての記述は、特に批判的な意味合いがこめられた場合、歴史的な文脈、根拠を省いて(意図的にか、単に調べないのか)論じられる場合が多いと思う。そのぶん著者は政治史が専門らしく、批判の際の比較事例も幅が広く、歴史的な文脈に阿久根問題を埋め込んで説明されているので説得力がある。限られた出典というのは、要するに数が少ないということで、一般の読者が興味をもちやすいような文献で、実際に手にとってみるのも悪くないな、というような良書ばかりが選ばれている。

竹原市政全体について、様々な角度で考察するのを目的としている故、政治の議論としては多少パッチィなものを感じた。ただこれも恐らく著者の意図する処で、竹原市政からどのような議論をしたらよいのか、今後の議論に竹原市政から何を学べるのか、というもののとっかかりにすればよい、くらいな考えなのかもしれない。そういうことなら、よい本だと思うし、目的は遂げられているとも思う。

少し気になるのが、前半部で著者が竹原氏の一挙手一投足すべてを批判してしまうような勢いであるという処である。先程のような著者の意図があるならば、それはそれでよいのかもしれないが、如何にも著者が竹原氏を嫌っているようで、理論的な整合性があまり判然しない箇所もある。同じことをやっても、橋下氏に対しては非難が降らないようなのも批判される対象になっているような気もする。同じ政治学者であっても、橋下氏を部分的に支持しながら(東国原氏については知らんが)、竹原氏については政治家として話しにならない、というような判断をする人が多いと思う。

何が竹原氏をここまで嫌われ者にするのか。これは、ひとつひとつの政策の問題ではない。違法な状態をつくりだし、それを意に介さない彼の人間性を疑問視している、というのが本当のところではないか?ポピュリスト的な政治を批判する意見は当然あるだろう。しかし、竹原市政で問題なのは、違法状態が放置されたこと、そして「首長の暴走」を止める術が不足していたこと、これである。