古代ギリシア
ロマン主義運動においては、ホメロス時代に理想、「起源」をもとめることが多かった。それは、「そこで疎外された人間関係を知らない神聖なそれが見出されると考えられたからであった」(p.1)。こうした透明なコミュニケーションが成立していたのは、そこに「人間の作為を超えた普遍的で必然的な秩序」すなわち 宇宙 の秩序、又は後に 自然 と呼ばれるようになったものである。ここではそれらを「 客観的秩序 」と呼ぶ。それは物質的世界の秩序であると同時に道徳的秩序でもある。
ポリスはphysisの秩序を所与のものとして、それを自覚化した法秩序に基づく共同体であった。その成立はアルカイック期に「主観性・内面性、つまり自己意識の獲得とそれに伴う他者の出現によって迎えた共同体の危機を、『自然』という自明な秩序の確認と 市民 という公共性の意識の形成によって克服しようとする企て」(p.2)であった。
ここで正義とは、即ち客観的秩序を現れさせることであった。自分の役割が自分に求めることを行う、そしてそれを行うにおいて優れていることが、すなわち善いことなのだ。
エウリピデスまで時代が下ると、「『市民的凡用性』に発言の場が与えられ」(p.5)、かれらは道徳的に堕落する。それは則ち「 存在 」と「 現われ 」が乖離してしまったことを意味する。そうして「自己を現れさせる市民が消滅」すれば「『自然』と『法』の一致という信念も動揺せざるをえない」(p.5)。
オレステイア三部作やオイディプス王には、「現れ」への根本的不信が底流している。「『存在』と『現われ』の乖離は、この『現われ』の世界を統べる客観的な秩序(logos)への不信を意味し、それはさらに言葉(logos)への不信を惹き起こす」(p.7)。
此処においてプラトンは、「存在」と「現われ」を峻別する二分法を打ちたて、以後西洋世界を二千年もの間支配することになる「真理」による政治が開始されるのだ。
ニーチェ
ニーチェが云う神の死は、すなわち形而上学的信仰の放棄である。それが意味するのは、「超感性的な世界、諸理念、神、道徳律、理性の権威、進歩、最大多数の者どもの幸福、文化、文明が、それらの立て直す力を喪失して虚ろになるという事実」(ハイデガーの孫引き p.11)である。
「『背後世界』の廃棄は、ルサンチマンにとらわれ虚栄心に爛れた『 自我』の放棄に直結する」(p.11)。 自我は、理性などそれを形而上学的に支えるものがなければ成立し得ないからだ。
初期のニーチェにおいては、現われは「美的 仮象」として提示される。それは乃ち、「自他未分離な混沌とした生命力に他ならないディオニュソス的なものが、アポロン的知性によって秩序づけられ形式を付与されることを通して現われる姿である」(p.13)。ロマン主義の影響が色濃い当時において、個人主義・合理主義の批判を美的な現われの評価という観点から行なっている点に既に形而上学批判の片鱗をみることができる。「自他未分離な『自然』への『郷愁』がみられる」(p.14)点でロマン主義の範疇にあるが。
後期ニーチェのディオニュソス概念は、かなり異なったものになっている。ギリシア人が偉大だったのは、ディオニュソス的なものを変換して「現象」へもたらしたことではなく、その二元論を超越していたことにあるのだ。形而上学的な二元論を捨て去ることで、アポロン的なものが退く、あるいはディオニュソス的なものと融合する。つまり、「美的仮象は、ディオニュソス的なものの自己変容に他ならない」(p.15)。
ニーチェによる形而上学の廃棄は以下の論点を含む(pp.16-18):
- すべての言説が、身体によって縛られた観察者の視点からくだされる「解釈」にすぎず、「あるものすべては主観的である」ということがすでに解釈であるから、主観というものも否定されている。
- 普遍的な視点をもつと吹聴するものは、真理・道徳と呼称するものを言語によって固定化し、言葉による説得で他者に強制し、自らの隠された支配欲を満足させているだけである。
- 基督教的、または自由主義的進歩を標榜する歴史観の根拠としての、その目的という観念を放逐する。背後世界が当為の根拠として人間を縛っているのと同様に、歴史に目的を設定することはその目的に向かわせることで人間を拘束する。
- 当為に押しつぶされ支配欲にかられた形而上学的な「 自我(Ich)」が否定される。そこに誕生する 自己(Selbst) はどう自らを作るのか。善悪の基準、自らを犠牲にすべき目的、自然な発源を待つべき本質もない。そこには、自らのディオニュソス的な「力への意志」を美的仮象へともたらす道しか残されていないのだ。
とりあえずいまはこれだけで許してください。ちょっと難しすぎる。