2012年5月26日土曜日

官僚制批判の論理と心理(2011)

野口雅弘:1969年生まれの政治学者。早稲田大学で学士、修士を取得した後、ボン大学哲学部にてPh.D。現在は立命館大学で教鞭をとられている。専門は政治思想史。


要約の要約

著者の意図を損ねないよう、極力詳しく要約をつくったので長くなってしまった。それくらいカッツリした議論を端々まで行き渡らせている良書である。自分で書いた要約を今一度読み返してみたが、やっぱり長い笑。なので、要約は別にページをつくって、ここでは要約の要約を記す。

さあ、ではこれは何を書いた本なのか?

本書の主題は、いわずもがなではあるが「なぜ人々は官僚制を批判するのか」である。しかし、もうひとつ重要な議論として、新自由主義批判が散見されるのも見逃せない。新自由主義が官僚制批判を利用している、または新自由主義が官僚制批判に姿をかえている、という批判である。

官僚制批判は、「官僚制」という語の誕生とともに生まれたといっていい。「官僚制」というのは、カラフルで、画一性・合理性を嫌うロマン主義の潮流のなかで発見されたのだ。功利的な目的のために統制されることへの反発が、日本における90年代以降の反官僚の風潮の根底にはある。

官僚制はデモクラシーの敵である。より多くのデモクラシーを求めるならば、決定権を人民から奪取する官僚制は批判されるべきでなのだ。パターナリスティックな性質をもつ官僚制は、人々の政治的未成熟を引き起こす。しかし、ここで注意しなければいけないのは、デモクラシーは官僚制を必要とする、ということである。肥大化した組織は、寡頭支配・官僚制がなければ決定できないのである。

いま、自由主義的資本主義は終焉し、政府の経済への介入が大前提とされている。この「組織された資本主義」においては、政府は市場に介入することだけでなく、しないことへの非難もうけることになる。それまで中立性を売りにしてきた官僚制は、とたんに恣意化・政治化するのである。大衆の忠誠は失われ、「正当性の危機」が訪れる。

これを回避するには、経済成長による隠蔽か、官僚制を高度に専門化し、「こうだから当然こうである」という領域を広げることである。90年代まで日本で官僚制批判が起こらなかったことの一因としては、日本が高度経済成長を経験しており、これに官僚が大きく貢献しているという認識があったからだろう。

新自由主義はこの官僚制批判を絡めとる。「組織された資本主義」における政府の正当性批判は、ではいっそ政治は市場へ介入しなければいいという、小さな政府論へと向かうのである。

官僚制が「鉄の檻」である、という官僚制成立当初からの批判は、非合理に振る舞うカリスマを待望することにつながる。これは何も新しい議論ではない。セクショナリズムにともなって、責任を負うべき中心が欠けている、という日本政治批判は辻清明の記述に既にみられる。

鉄の檻のメタファーは既に通用せず、時代はフレキシビリティ、そして「リキッド・モダニティ」(バウマン)である。カリスマ待望論は現実を的確に認識できていない、すこしずれた議論なのだ。


この本について

昨今の官僚制批判を、よく聞かれる官僚擁護の立場からではなく、政治思想という道具を使って分析する。それだけでは、おそらく著者が最終章にテーゼとしてまとめた数ページで終わってしまうかもしれないが、本書は「政治思想入門」としての資格も充分に有していると思う。なぜ人々が官僚制を批判するのか、という問いに政治思想の立場から答えるのみではなく、批判思想の淵源やその周辺、ウェーバー再考を中心とした、他の問いを考えるためのヒントを鮮やかに織り交ぜている。久々に出会ったぷりっぷりの良書である。なお、政治思想のみではなく、官僚制という主題から行政学他の政治学に大きく係わる分析も多い。

裏を返せば、一本道の議論がすっと通っている訳ではないことも確かである。結論らしい結論に出会うことなく終わる章もある。だが、これは読者により広い視点をもって、新たな分野・書物に挑戦してほしいという、著者の願いなのだろう。肯定的に受け止める。

はじめ読み終えたときは、内容の濃さに戸惑いを覚え、なかなか整理がつかなかったが、改めて読み、まとめてみると、やはり非常に濃い。そして、官僚制のみではなく他の政治分野、思想分野へと誘う仕掛けが散りばめられているのである。政治思想・社会学の巨匠に限って引用されているのは、おそらく訳なしではない。デュルケムなどは本論に全く関係ないが、とりあげられている。

政治思想から官僚制をみるというのはおもしろい切り口だし、行政学や政治過程論からの分析とは違った角度から、官僚制「批判」にメスをいれるというのは、昨今の政治状況を把握する上で非常に有益だと感じた。これによって現実の政治を、地に足がついた立場から批判できるのである。ところどころ専門的すぎるきらいはあるが、そこを耐え忍んで、是非一読することをお勧めする。


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